
でも、犬太郎くんの優しさはちゃんと伝わってると思うよ。


実はね、席を譲るって、ただのマナーじゃなくて、人間関係の縮図とも言えたりするんだ。


でもね、断られても落ち込まなくていい理由、ちゃんとあるんだよ。



なぜ席を譲ったのに断られるのか?
電車で席を譲る行為は、一般的には親切として受け取られるはず。
でも実際には、『大丈夫です』『結構です』と断られることもあります。
なんでそなるのか??
理由はさまざま考えられます。
- 相手が『まだ元気だから』と遠慮している場合
- 『自分が年寄りに見られた』と感じて不快になる場合
- 妊婦や障がい者が『注目されたくない』と思っている場合
つまり、席を譲る側の善意と、相手の感情や状況とのすれ違い。。
【譲る=喜ばれる】は、悲しいかな必ずしも成立しません。
そこには、見えない前提のズレがあります。
まず、譲られる側の心理には
- 『自分はまだ若い』
- 『弱って見られたくない』
- 『注目されたくない』
といった防衛感情が働くことがあります。
特に高齢者や妊婦の方は、『ありがたいけど、周囲に気づかれたくない』という複雑な思いを抱えていることも。
一方、譲る側は『立っているのがつらそう』『混んでいるから譲ったほうがいい』と、合理的な判断をしているつもりです。
そして、ASDの多くはこうした判断は“ルールベース”で行われがち。
だからこそ、譲るべき状況を察知したら、譲ることだけが正解と判断することが多いでしょう。
しかし、相手の感情はルールでは測れません。
譲る行為が“善意”であると同時に、“相手の感情に触れる行為”でもあることにうっすら気付いた方もいるのではないでしょうか。
席を断られた後、どう振る舞えばいい?
譲った相手に『結構です』と言って断られた…
その直後、どうするか??
そのまま再び座ったらいやらしく映らないか・・・
断られた瞬間、気まずさが走りますよね。
立ち続けるべきか、座り直すべきか…。
もちろん正解はありませんが、とりわけベターな対応は以下の通りではないかと思います。
- 一言『失礼しました』と軽く頭を下げて、席に戻る
- そのまま立ち続ける場合は、スマホや本に意識を向ける
- 周囲の視線が気になるときは、深呼吸して『自分は悪くない』と心で唱える
気まずさは一時的なもの。あなたの善意は、ちゃんと価値ある行動です。
断られた瞬間、頭が真っ白になることがありますよね。
『立ち続けるべきか?』『座り直すと厭らしいか?』『周囲の人はどう思っているか?』
こうした思考が一気に押し寄せてきます。
そして、ASDの特性上“ひとつの正解”を探してしまいがち。
でも、ここに正解はありません。
と言いたいところですが、正解を求めている人でも安心できる方法を、記事の後のほうで紹介しますので、このままわたくしにお付き合いください。
ASD特性から見た「席を譲る行動」の意味
私のASD(自閉症スペクトラム障がい)の特性上、ルールベースで動くゆえに譲るべきだと判断したら動けますが、一方で空気を読むことが苦手でその判断に迷うことが多々あります。
- 『譲ったほうがいい』と思っても、躊躇して声かけのタイミングを逃す
- 断られたときに『自分が間違っていたのか』と過剰に反省してしまう
- 善意が“押しつけ”になってしまったのではと悩む
でも、ASDの特性は【正しさ】に敏感な分、誠実さにもつながります。
だからこそ、譲る行動は間違いなく魅力の一部になると思っています。
少なくともASDの私にとっては、席を譲ることは単なるマナーではなく、社会との接点でもあります。
空気を読むのが苦手な私は、譲るべきかどうかの判断に時間がかかります。
譲った後も、【断られた=自分が間違っていた】と感じてしまい、自己否定に陥ることもありました。
でも、ある時気づいたのです。私は“正しさ”に敏感だからこそ、誠実に行動できる。
譲る行為は、自分なりの社会との関わり方なのだと。
だからこそ、少しずつですが断られても『自分は間違っていない』と思えるようになってきました。
ASDの特性は、時に不器用ですが、根底にはまっすぐな優しさがあります。
席を譲ることは本当に「いいこと」なのか?
【席を譲る=いいこと】とは限りません。
と、冷たく結論から述べちゃいましたが、それこそ相手の状況や気持ちを考えずに行動すると、逆効果になることも・・・
- 相手が『立っていたい』と思っている可能性
- 『譲られたくない』というプライドや羞恥心
- 自分の善意が自己満足になっていないかの確認
譲る前に『この人は座りたそうかな?』と観察することも、思いやりの一部です。
『いいこと』の定義は、文脈によって変わります。席を譲る行為も例外ではありません。
譲ることが自己満足になっていないか?
相手の状況を観察せずに譲るべきだと決めつけていないか?
こうした問いは、私自身常に投げかけています。
特に自己満足になることには注意していて、自分の場合はこういうことをすると、『席を譲った俺、カッコイイ!』と悦に浸りがちです。
善意は、相手のニーズと噛み合って初めて良い行動になります。
譲る前に『この人は座りたそうかな?』と観察すること。
声かけのタイミングや言葉選びも含めて、譲る行為は対話なのです。
ASDの私は、こうした文脈の読み取りが苦手です。
でも、だからこそ、丁寧に観察し、言葉を選ぶ努力をしています。それが、私なりのいいことの形です。
人間的魅力を高める「譲り方」の工夫
席を譲る行動は、ちょっとした工夫で魅力的な振る舞いになります。
- 声かけは『よかったらどうぞ』と柔らかく
- 断られても『お気をつけて』と笑顔で返す
- 周囲に見られても堂々と、自然体でいること
こうした振る舞いは、恋愛にも通じる気遣い力です。人との距離感を上手に保つことが、魅力につながります。
席を譲る行為はそれだけで十分魅力的ですが、ちょっとした工夫でさらに魅力が垣間見えるようになります。
また、周囲の視線を気にせず、自然体でいることも大切です。
譲る行為は見られる行為でもあります。だからこそ、堂々と振る舞うことで、あなたの魅力が伝わります。
私はASDの特性上、表情や声のトーンに無頓着になりがち。
それを意識しながら行うことで、コミュニケーションの練習にもなっています。
断られても落ち込まないための考え方
席を譲って断られると、『自分が悪かったのかも』と思いがち。でも、そうではありません。
- 相手の反応は、あなたの価値を否定するものではない
- 善意は、結果ではなく意図に意味がある
- 『断られても譲った自分は素敵だ』と肯定する習慣を持つ
私はASDの特性上、反応に敏感になりがちですが、自分の行動に誇りを持つことで、気持ちの切り替えができるようになりました。
前出で話した『悦に浸ってしまうこと』と矛盾しますが、多少はそういうのも必要だと思っています。
断られると、『自分が悪かったのかも』と思ってしまう。私も何度もそう感じました。
でも、相手の反応は、あなたの価値を否定するものではありません。むしろ、譲ろうとした意図こそがあなたの魅力です。
私はASDの特性上、反応に敏感で、否定されたと感じやすい。
でも、自分の行動に誇りを持つことが、自分のメンタルを安定させる特効薬なのです。
ASDにピッタリ!な席の譲り方
席を譲るためには自分が声を出さなきゃいけない
↓↓
声を出せば周囲の大半が自分の存在と行動に気付く
↓↓
さらに席を断られると、自分にとっては恥の上塗りみたいに感じる
という図式ができることで、席を譲ることを躊躇してしまう。。
実は、自分がまさにそのクチなので、自分流の席の譲り方を考えてみました。
お年寄りや妊婦・ケガ人が乗ってきて、自分の近くに来た。
その後、相手の反応を確認する前にひっそり逃亡する。
この方法は譲ったことが分かりづらいので、最悪の場合座ってほしい相手以外の乗客に取られてしまうこともありますが、実はメリットも多いことに気が付きました!
ひとつは、言わずもがな声をあげなくて良いところ。
アイコンタクトを送るだけなので、自分とその相手以外に気付かれにくいので、気まずさも激減します。
もう一つは、周りにPRしない点。
声をあげると周囲もあなたの行動に気付き、人によっては善意の押し売りだとして良く思わない場合もあるでしょう。
声をあげるということは、周囲に”気付かせる”ことにもなるので、
良いことをしている自分の行動のPRだ
と捉えられるリスクです。
その点、無言で席を譲ることは純粋にその相手にだけ届けることで、PRも何もありません。
最後に、見返りを求めていない雰囲気を出せること。
この行動のポイントは、相手の反応を確認する前に姿を消すことです。
無意識に見返りを求めてしまう人は、相手が喜んでいるかどうか気になりがち。
ゆえ、『どうぞ』と言って『ありがとうございます。』と返ってくることが嬉しいですし、その反応を期待して相手の表情をチラチラ見ます。
だけど、その確認をせずに逃亡するということは、『相手が喜んでくれようがくれまいが、どうでもいい』ことを背中で語ることになるので、見返りを求めていないことが伝わります。
さらに、相手の反応を確認しないということは、相手から断られることすらないということにもなります。
メリットだらけですね!
席を譲る文化とその変化
日本では【席を譲る=美徳】とされてきましたが、時代とともに価値観も変化しています。
世代 | 席を譲ることへの意識 |
---|---|
若者 | 気まずさや断られる不安が強い |
高齢者 | 遠慮やプライドから断る傾向 |
海外 | “譲る文化”がない国もある |
SNSでは『席を譲ったら怒られた』という投稿も見かけます。
前出の相手を観察することに加え、譲る行動には文化的背景もあることを知っておくと、心が軽くなります。
若者は『気まずさ』や『断られる不安』を感じやすく、
高齢者は『遠慮』や『プライド』から断る傾向があります。
海外では、そもそも譲る文化がない国もあります。
同じ日本でも地域差もあるかもしれません。ゆえ、譲る前に『この場ではどう受け取られるか?』を考えることも大切。
ASDの私にとっては難しい判断ですが、経験を重ねることで、少しずつ文化の空気を読む力も育ってきたんじゃないかと思っています。
馬男のここだけ押さえて
断られても、あなたの魅力は減らない
電車で席を譲ることは、時に気まずさや戸惑いを生むもの。でも、それはあなたの優しさが表に出た証です。断られても落ち込まず、「自分の魅力を磨くチャンス」と捉えてみてください。
どうしても心理障壁が高ければ、無言でジェスチャーだけで譲ってその場から逃亡。
ASDの私にはおあつらえな方法でメリットも多いので、ぜひ実践してみてください!