ごくまれにですが、電車の中での立ち話や、飲食店での会話などで、
『あの人、(変わった雰囲気だから)彼女いなさそうだよね。』
『あの人、絶対独身だよね。』
など、どこの馬の骨かも分からない一般人に対する根拠のないウワサ話が聞こえてきます。
私もさんざん変わり者だの何だの言われてきた身なので、自分のことでないながら気分は良くなかったですね。
しかし今では、理想に近い妻と結婚し男児まで授かったので、そんなウワサもはねのけるぐらいのマインドが出来上がっていますが。
さて、この記事を目にしたあなたは、おそらく私と同じように変わり者などといなされて、なおかつ独身、もしくはフリーの身ではないかと思います。
『これから先も一生彼女なしor独身なのでは・・・?』
このような不安を抱えていないでしょうか?
だけど、結論から言うと、
変わり者だろうと、隠キャだろうと、コミュ障だろうと彼女を作って結婚もできます!
一方で、まともな人でも独身&彼女ナシの人はたくさんいます。
今回この記事では、その根拠となる情報をお伝えしていこうと思います。
変わり者が結婚できない(と言われる)理由
そもそも、なぜ変わり者は彼女がいないだろうとか、結婚できないだろうとか言われてしまうのでしょうか。
やはり、その雰囲気から近づきたくないと思われていることが原因です。
しかし、『近づきたくない』と思っているのは個人的な意見なのですが、これが結構厄介で、人間は自分が思っていることは他人も同じように思っているだろうと考える傾向にあります。
悲しいかな、個性の強い人は『この人にはあまり近づきたくない』と思う人が普通の人に比べて多く、それが”他人も同じことを思っているはずだ”という考えによって広げられてしまっているんです。
しかし、別の記事でもすでに説明したように、変わり者=嫌われるとは限りません。
嫌われるのも、好かれるのも、普通の人も変わり者も同じように明暗が分かれます。
そして、それはその人の普段の行いによって決まるものだと説明しました。
なので、好かれるための努力をしていけば、他愛もないウワサ話なんて簡単に吹き飛ばせます。
結婚した変わり者の一例
『変わり者でも彼女をつくり結婚できる!』
と、どれだけ堂々と言われても、根拠がなければ納得できませんよね。
私杉間馬男も人並みの恋愛遍歴を経て結婚した変わり者のひとりですが、せっかくなので私以外の例を紹介したいと思います。
蛭子能収
クセの強い有名人といえばこの人。
蛭子能収さんじゃないでしょうか。
(出典:映画.com)
蛭子さんが出演していた有名老舗番組『ローカル路線バス乗り継ぎ旅』では、わがままな言動や旅先での失礼な態度でひんぱんに視聴者をイラつかせていたことでも有名です。
路線バスの旅の蛭子能収を見てるとイラつく。太川陽介は良く我慢できるなぁ。
— レンブラントちゃん (@rembrantchan) January 5, 2013
蛭子能収のコメントが昼からイラつく
— SHOGO (@x_ShowGo_x) April 30, 2015
その言動から、ときどき発達障がい者なのでは?と疑われることもしばしばあります。
蛭子能収はアスペらしい
— ぬ (@rolucabetu) August 8, 2016
↑これこれ!こういうパターン。
私もさんざんこういうのと同じようなことを言われてきました。
有名人だろうと容赦ないですね。。
しかし一方で、蛭子さんのファンも少なからずいるのも事実です。
べつに蛭子能収は嫌いではないし、ましてや好きです。
価値観が一緒の部分が結構あるからね。— こくりょーだいけんき (@diknk_kokuryo16) May 25, 2020
素直さラン蛭子能収で尊敬しちゃうよね
— KaNKan (@Utis_06) November 28, 2019
先ほどのコメントがウソだと思えるほど、”好き”、”尊敬”という意見もありました。
そして、蛭子さんは婚姻歴もあります。しかも2回も!
1人目の奥さんとは1972年に結婚。
当時から漫画家志望だった蛭子さんは、地元・長崎の画材店にたまたま訪れた時に店員をしていた奥さんと知り合ったことが馴れ初めだったそうです。
蛭子さんは32歳で独立を決めて漫画家になると言いだしたそうなのですが、その時、決して生活が安定していたとは言えない状況でした。
だけど奥さんは蛭子さんの考えを快く理解してくれて、生活が苦しい時は中華料理店で働きに出たと言われています。
そこまで尽くせるほど蛭子さんに対して魅力を感じていたということですね。
しかし、そんな最愛の奥さんを2001年に亡くされ、それまで葬儀では泣いたことがないという蛭子さんもさすがに奥さんの葬儀の時はボロボロだったようです。
お互いに相思相愛。
周りから何と言われようと2人は理解し合っていた、理想の夫婦だったと思います。
しかし、奥さんを亡くされてから2~3か月後、蛭子さんは再婚活をはじめました。
この行動に対しても、『たったの2,3カ月で!?』など批判の声が多かったのですが、蛭子さん自身は前の奥さんを失った喪失感をどうにかしたいあまり、次のパートナーを見つけるのに必死だったそうです。
再婚活のカイあって奥さんと死別した2年後の2003年4月にお見合いパーティーで知り合った19歳年下の現在の奥さんと知り合いました。
19歳年下!?
ヘタすれば親子ほどの年齢差ですが、一般的に年下女性をゲットするのは相当な魅力値が要りますよね。
ということは、蛭子さんけっこうモテますね。
そんな具合に、色々良からぬことも言われていますが、人によっては大ウケするということを蛭子能収さんが証明しています。
杉間馬男の父
続いて、有名人ではなく、しかも私の身近な人のですが、杉間馬男の父親も強烈なキャラを持っています。
- 『ガ~~ッ、ペッ!!』と出した痰を指につけては我々子供に見せつけたり
- 会社役員の運転手をしていた頃、高級社有車を『自分の車だ!』といって見せびらかしたり
- 被害妄想が激しく、根も葉もない話をデッチ上げたり
- 人の話をロクに聞かず、相手が話してても平気で割って入ったり
ときどき、父親も何かの発達障がいなのではと思うぐらいです。
また、気性が激しい所もあって、私たち兄弟は何か悪事を働いた時はこっぴどい体罰を受けていて、この時代に同じことをやれば確実に児童虐待にあたるぐらいの有様でした。
そればかりか、機嫌が悪い時は母親に対してもDVを繰り返していて、幾度か警察沙汰になったこともありました。
そういう父親ですから、長年付き合っている友達がおらず、いっときだけ仲良くなれる人はいてもすぐに離れていくのが常でした。
ですが、今の杉間馬男がいるのも父親が結婚したゆえでのことです。
一方、母親は典型的な昭和美人で、学生の頃はかなりの男性から言い寄られたそうです。
変わり者の父親と、昭和美人の母親
子供の頃はこういう両親なんだぐらいにしか思っていませんでしたが、今考えれば全く釣り合っていません。
母親と知り合った当時は寿司職人。
母親のほうは喫茶店ウエイトレスだったそうで、同じフロアにそれぞれの店があったことが馴れ初めでした。
母親からうっすらと聞いた話だと、父親の猛アタックがしつこかったらしく、母親にしてみれば『この人が一生食わせてくれるなら・・・』ということでプロポーズを受け入れたそうです。
そんなストーリーなので、父親に特に光った魅力があったわけではなくゴリ押しだったわけですが、それでも押しに押してどうにかなったという一例です。
【雨だれ石をうがつ】
という故事成語があるように、どんなにショボい魅力でも何度も何度もアタックを続ければ相手が折れることもあり得るということもお伝えしたかったのです。
そんな風に、私の母親に限らず、”押しに弱い女性”が一定数いるのは事実です。
その事実を知らずに、最初から諦めてかかるのは非常にもったいないです。